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非認知能力をどう育てるか ─ ヘックマン、ペリー就学前計画、マシュマロ実験を読み解く

読了 約18分
4歳娘ママ からの相談 — 「非認知能力が大事」とよく聞くが、何を、どう育てればいいか分からない

なぜこの話題が気になるのか

4歳のお子さんを育てていると、こんな言葉が、あちこちから聞こえてきます。

  • 「これからの時代は非認知能力が大事」
  • 「IQよりEQ、EQよりGRIT(やり抜く力)」
  • 「自己肯定感を育てましょう」
  • 「マシュマロを我慢できた子は、将来年収が高い」
  • 「幼児期の自己制御が、その後の人生を決める」

幼児教育の本にもSNSにも、教材の広告にも、繰り返しこの言葉が出てきます。読むたびに、「で、結局うちで何をすればいいの?」という疑問だけが残ってしまう ── そんなお母さんは少なくないと思います。

非認知能力は、ひらがなや数字のように「教えれば身につく」ものではありません。だからこそ、「何をすれば育つのか」がぼんやりして、不安だけが募りやすい領域です。本記事では、

  • そもそも「非認知能力」とは何を指していて、何を指していないのか
  • ヘックマンの研究は、本当のところ何を示したのか
  • マシュマロ実験は、いま研究の世界でどう読み直されているのか
  • そして、4歳の家庭で、本当にできることは何か

を、一次資料に立ち戻って整理してお届けします。読み終わったあと、「自分はもう、研究的に大事な部分はやれている」と感じていただけるところまで、ご一緒できればと思います。

「非認知能力」とは、そもそも何を指すのか

「非認知能力(non-cognitive skills)」という言葉は、もともと経済学者が、IQや学力テストで測れる「認知スキル」と区別して使い始めた、残余カテゴリー的な用語です。つまり「認知能力ではないけれど、人生の成果に影響する個人差すべて」をひとまとめにした、かなりざっくりした言葉です。

研究の中で扱われてきた中身を、おおまかに整理すると、次のようになります。

研究で「非認知能力」と呼ばれてきたもの

TYPICALLY INCLUDED

自己制御(衝動を抑える、待てる、計画する) / 誠実性(地道にやり遂げる) / 開放性(新しいことを楽しむ、好奇心) / 協調性(人と折り合う、共感する) / 情緒安定性(感情を扱う、ストレスに対処する) / 動機づけ(やりたいと思う力、自己効力感) / 実行機能(注意の切り替え、ワーキングメモリ、抑制)

同じ言葉で語られがちだが、別物

OFTEN CONFUSED

IQ・学力テストの点数(これは認知能力) / 「お行儀のよさ」「素直さ」だけ(これは大人にとっての都合) / 自己肯定感だけ(自己制御や粘り強さは含まない) / 単一の「GRIT」スコアだけ(より広い概念の一部に過ぎない) / 「困難を耐えればよい」という根性論(研究が示すのとは別物)

つまり「非認知能力」と一口に言っても、その中には性格特性に近いもの・脳の実行機能に近いもの・動機づけに近いものが混ざっています。本記事でも、なるべく「自己制御」「粘り強さ」「好奇心」など、具体的な言葉に置き換えて整理していきます。

ヘックマンと「ペリー就学前計画」── 40年追跡が見せたこと

「非認知能力が大事」という議論を世界的に広めた、もっとも代表的な研究が、米国ミシガン州で1962〜1967年に始まったペリー就学前計画(Perry Preschool Project)と、その長期追跡データの再分析です。

ペリー就学前計画とは

経済的に厳しい立場のアフリカ系米国人家庭の3〜4歳児 123名を、無作為に「介入群」と「対照群」に分け、介入群には2年間、質の高い就学前教育プログラムを提供しました。プログラムの中身は、ドリル型の早期教育ではなく、子どもが自分で計画し、実行し、振り返る(plan-do-review)ことを中心に置いた、能動的な遊びと活動でした。さらに、毎週の家庭訪問で、母親と子どもが一緒に過ごす時間の質を支援していたことも、この介入の特徴です。

そして、この子どもたちが大人になるまで、追跡が続きました。

シュワインハートら(High/Scope財団)(2005

40歳時点までの長期追跡をまとめた報告書「Lifetime Effects」

は、介入群と対照群を40歳前後で比較したとき、多くの人生指標で介入群がはっきり良い結果を残していたことを示しました。

ペリー就学前計画 40歳時点の主な追跡結果
2年間の質の高い就学前教育を受けた群(介入群58名)と、受けなかった群(対照群65名)の40歳前後での比較
高校卒業率
介入群 / 対照群
65% vs 45%
年収2万ドル超(40歳)
介入群 / 対照群
60% vs 40%
持ち家率(40歳)
介入群 / 対照群
37% vs 28%
5回以上の逮捕歴
介入群が低い ← 良い方向
36% vs 55%
生活保護受給歴(40歳まで)
介入群が低い ← 良い方向
59% vs 80%

高校卒業率・収入・持ち家率は『高いほど良い』指標。逮捕歴・生活保護受給歴は『低いほど良い』指標で、介入群のほうが低く出ています。子どもの頃に2年間、質の高い就学前教育を受けたかどうかが、40歳時点でも観察可能な差として残っていた、というのが Perry Preschool 研究の核心です。割合は研究によって幅があるため、ここでは Schweinhart ら (2005) の主要報告値を編集部で簡略表示しています。

出典:Schweinhart, Montie, Xiang, Barnett, Belfield, & Nores (2005) Lifetime Effects: The High/Scope Perry Preschool Study Through Age 40

40年経っても、就学前2年間の経験の影響が見えるというのは、教育研究としては非常に強い所見です。ただし、ここで急いで「だから就学前教育に投資せよ」という結論に飛ばず、「では、何が、この長期効果を生んだのか?」を見ていく必要があります。

ヘックマンらが見つけた「媒介していたもの」

ヘックマン、ピント、サベリエフ(2013

ペリー就学前計画の追跡データを、より厳密な統計的手法で再分析した論文(American Economic Review)

は、ここで決定的な発見を報告します。

  • 介入群は、就学直後にIQが対照群より上昇していた。しかし、そのIQの差は、小学校期のうちに対照群に追いつかれて消えた
  • それにもかかわらず、40歳時点で雇用・収入・健康・犯罪率に差が残っていた
  • では、何がその長期効果を媒介していたのか?── 統計的な媒介分析の結果、幼児期に身についた自己制御・誠実性・社会性などの非認知スキルが、長期成果のかなりの部分を統計的に説明していた

この「IQはすぐ消えたが、性格・態度・行動の側で身についたものが、長期にわたって人生を支えていた」という所見が、世界の早期教育の議論を大きく動かしました。

ノーベル経済学賞受賞者であるヘックマンは、これを踏まえて

ヘックマン(2006

科学誌Science の総説論文「不利な立場の子どもへの投資の経済学」

で、「人生の早い時期への投資は、後年の補習的介入よりはるかに費用対効果が高い」と結論しました。これが、いわゆる「ヘックマン・カーブ」として知られている知見です(同じ図解は早期英才教育の落とし穴の記事でも紹介しています)。

ここで誤読しないために

ペリー就学前計画とヘックマンの研究は、世界的に大きな影響を持った一方で、誤読されやすい研究の代表例でもあります。

それでも、ペリー就学前計画から学べることは、たしかにあります。とくに、

  • 子ども主導の遊び・活動(plan-do-review)を中心に置いた構成
  • 大人は「教える」ではなく「広げる・支える」役回り
  • 家庭訪問を通じた、親子の関わりへの伴走

という関わり方の質は、家庭でも応用できる発想です。後半で、4歳の家庭でできることとしてもう一度ふれます。

マシュマロ実験 ── オリジナルと、近年の再現研究を並べて

「非認知能力」と聞いて、多くの方が思い浮かべる有名な実験が、心理学者ウォルター・ミシェルマシュマロ実験です。「4歳でマシュマロを15分待てた子は、その後の人生で成功する」という形で、TED トークやビジネス書、自己啓発書で繰り返し引用されてきました。

ただ、この有名な研究も、近年の研究を踏まえると、もう少し慎重に読む必要があることが分かってきています。本サイトの編集方針として、研究の解釈が分かれる領域では、A研究 / B研究 / どう統合するか、の三段で並列にお伝えします。

研究A:オリジナルのマシュマロ実験(Mischel ら 1989)

ミシェル、ショウダ、ロドリゲス(1989

科学誌Science に掲載された「Delay of Gratification in Children」

は、スタンフォード大学のビング保育園で行われた一連の実験を統合した論文です。

実験のセットアップは、有名なとおりです。

  1. 4歳児の前に、マシュマロを1個置く
  2. 「ベルを鳴らせばすぐに1個食べてよい。でも、私(実験者)が戻ってくるまで待てたら2個あげる」と説明
  3. 実験者が部屋を出て、子どもがどれくらい待てるかを測る

その後、この子どもたちを高校生・成人期まで追跡したところ、

  • 4歳時点で長く待てた子ほど、高校時代の SAT(大学進学のための共通テスト)スコアが高かった
  • 親や教師による評価でも、社会的・認知的に有能とされる傾向が強かった
  • ストレス対処、注意の集中、計画性などの面でも、待てた子の方が良い結果を出していた

という関連が報告されました。これが、「自己制御は将来の成功の鍵」という強いメッセージとなって、世界中で広まりました。

研究B:大規模な追試(Watts, Duncan & Quan 2018)

そこから約30年後、

ワッツ、ダンカン、クアン(2018

心理学の主要誌 Psychological Science に掲載された大規模な追試研究「Revisiting the Marshmallow Test」

が、別の角度からこの問題に光を当てました。研究チームは、米国の代表性のある大規模縦断データ(NICHD Study of Early Child Care and Youth Development)を用いて、4歳時点の延滞耐性(マシュマロ課題に近い課題)と15歳時点の学業成績・行動指標との関連を、改めて検討しました。

結果は、おおまかに次のようなものでした。

  • 4歳で長く待てた子のほうが、15歳時点の学業成績がやや高い、という関連は、確かに見つかった
  • ただし、その関連の大きさは、オリジナル研究で報告されていたものの、おおむね半分程度だった
  • そして、家庭の経済状況・親の学歴・家庭環境・幼児期の認知能力などを統計的に統制すると、その関連はさらに約3分の2 ほど縮んでしまい、ほぼ無視できるレベルになる場合もあった
  • とくに、母親が大卒未満の家庭では関連が比較的見えやすく、大卒以上の家庭ではほとんど関連が消えた

この結果から、研究チームは「マシュマロを待てるかどうかは、子ども個人の『自己制御力の差』というより、その子が育っている環境(家庭の安定性、これまで約束が守られてきた経験など)の差を反映している部分が大きい」と慎重に解釈しています。

二つの研究をどう読むか

研究Aと研究Bは、表面的には対立しているように見えますが、よく読むと別の側面を見ていることに気づきます。

  • 研究Aは、同じスタンフォード大学のビング保育園(主に大学関係者の子ども)というかなり限定的な集団で、自己制御と将来成果の相関を見つけた
  • 研究Bは、米国全土の、社会経済的にもっと多様な集団で同じことを調べたら、関連はかなり小さく、しかも家庭背景でほぼ説明できてしまった
  • つまり、「マシュマロを待てる/待てない」は、子どもの中にある固定的な才能というより、その子の置かれた環境の安定性の指標である側面が強い

ここから、研究の現在地としてはおおむね、

  • 自己制御は確かに大事な能力である(これはペリー就学前計画やヘックマンの結果でも支持されている)
  • ただし、4歳のマシュマロ実験の成績で人生の成功が大幅に予測できる、というオリジナル解釈は強すぎた
  • 自己制御は「子ども個人を鍛える」というより、「子どもが安心していられる環境を整える」結果として育つ

という整理に落ち着きつつあります。

「鍛える」ではなく「育つ環境を整える」── 研究が示す関わりの質

ペリー就学前計画とマシュマロ実験の再検討、両方に共通して見えてくるのは、非認知能力は「ドリルや訓練で鍛える」のではなく、関わりの質・環境の安定性を通じて育つということです。

ここから先は、4歳の家庭で実際にできることを、研究の知見と整合する形で整理していきます。広告で目にする「非認知能力ドリル」「自己制御トレーニング」のようなキャッチコピーよりも、はるかに地味で、しかし研究的にはずっと土台になっていることが並びます。

1. 応答的に関わる ── 4歳でも、語りかけと耳を傾けることが土台

応答的な関わり(子どものサインに気づき、目線を合わせて返す)は、乳児期だけのテーマではありません。4歳では、

  • 「ねえ見て、これ作ったよ」と差し出してきたとき、手元の作業をいったん止めて、「お、これ何にした?」と返す
  • 「これ、なんで?」「どうして?」の連発に、「面倒だな」を一呼吸置いて、「いい質問だね、なんでだろうね」と一緒に考える
  • お子さんの表情・声のトーンの小さな変化に、「ちょっと疲れた?」「楽しいね」と言葉にして返す

こうした応答が、「自分の感じていることは、誰かに受け止めてもらえる」という安心感の積み重ねになります。これは、後の自己制御や情動調整の基盤になる、と発達心理学の研究で繰り返し示されているものです。詳しくは 「ママじゃなきゃダメ」「後追い」っていつまで? でもお話ししています。

2. 規則正しい生活リズム ── 自己制御の隠れた土台

非認知能力の話で、意外と語られないのが生活リズムです。

  • 起きる時間・寝る時間・ご飯の時間が、毎日だいたい同じ
  • 「いまは遊ぶ時間」「いまは食べる時間」「いまは寝る時間」の見通しが立つ
  • 約束(「ご飯食べたらアイスね」「公園からおうち帰るね」)が、おおむね守られる

こうした「予測できる日常」は、子どもにとって「世界は信頼できる」「待っても大丈夫」という感覚の土台になります。マシュマロ実験の Watts ら (2018) の解釈とも整合する話です ── 「待てる子」は、これまで「待った後にちゃんと約束が守られてきた経験」を積み重ねている子だという見方です。

完璧な時刻表でなくて構いません。「だいたい毎日、似たような流れで進む」だけで、十分です。

3. 自由遊び ── 計画・実行・振り返りが、遊びの中で起きている

ペリー就学前計画の中心メソッド「plan-do-review(計画・実行・振り返り)」は、大人が子どもに教える特別な手順ではありません。じつは、子どもが集中して遊んでいるとき、これに近いことが自然に起きています。

  • 「お店屋さんごっこしよう」と決める(plan)
  • お皿を並べ、お客さん役を割り当て、メニューを描く(do)
  • 「次はもっとケーキ屋さんにしよう」と次の遊びを考える(review)

この一連の流れの中で、計画する・順序立てる・友達と折り合う・うまくいかなくても続けるといった、まさに非認知能力の中心要素が動いています。大人にできるのは、「これはこうしようね」と先回りせず、子どもの遊びを邪魔せずに見守ることです。

米国小児科学会(AAP)の臨床報告「The Power of Play」も、子ども主導の遊び(child-led play)が、社会情動・認知・言語・自己制御のすべてを支える、ほかに代えがたい機会だと整理しています(早期英才教育の落とし穴の記事で詳しく扱っています)。

4. 子どもとの対話 ── 「答えを教える」より「一緒に考える」

4歳の語彙と思考力は、想像以上に伸びます。「これ、なんで青いの?」「死んだらどうなるの?」「神さまっているの?」── こうした問いを、

  • 「うーん、なんでだろうね、ママもよく分からないけど、こうかも?」
  • 「むずかしい質問だね。○○ちゃんはどう思う?」
  • 「あした図書館で一緒に調べてみる?」

と、一緒に考えるパートナーとして返すこと。これが、後の好奇心・探究心・「分からないことを面白がる力」を育てます。「正解を素早く教える」のは、大人の達成感にはなりますが、子どもの非認知能力の発達にはあまり効きません。

5. 限界設定(リミット・セッティング)── 安心して感情をぶつけられる枠

自己制御の発達には、「ここまでは自由、ここからはダメ」という、一貫した枠が必要だと、発達心理学の研究は示してきました。これは「厳しくする」ことではなく、

  • 危ない行動・人を傷つける行動には、はっきり「ダメ」と伝える
  • ダメと言ったあとは、子どもの気持ち(怒り・悲しみ・悔しさ)はそのまま受け止める(「やりたかったね」「悲しいね」)
  • ルールは「ママの機嫌」で変わらず、おおむね一貫している

ということです。枠があるから、その中で安心して感情をぶつけられる ── これが、長期的に「自分の感情と付き合える子」を育てる、と研究は繰り返し示しています。

6. 「うまくいかない」を急いで助けない

服のボタンが留められない、自転車が乗れない、おもちゃが組み立てられない ── そんなとき、すぐ手を出すか、少し見守るか。

  • 「がんばってるね」「もう少しでできそう」と声をかけて、5〜10秒待ってみる
  • 助けるとしても、全部やってあげるのではなく、ヒントを一つだけ(「こっちの穴に入れてみたら?」)
  • できたら、結果より過程を言葉にする(「最後まで諦めなかったね」)

ヘックマンらの研究で「長期成果を媒介していた」と確認された誠実性(地道にやり遂げる力)・粘り強さは、こうした日常の小さな「自分でやり切る経験」の積み重ねの中で育っていきます。

4歳娘ママ

「非認知能力が大事」って、本やSNSで毎日のように見るんです。でも、結局うちで何をすればいいのかが分からなくて。教材を買えばいいのか、習い事をさせればいいのか…。

ねい先生

その分かりにくさ、本当に多くのお母さんが感じていらっしゃいます。「非認知能力」という言葉自体が、もともと経済学者が「IQじゃない、いろいろなもの」をひとまとめにした言葉なので、つかみどころがないのも自然なんです。

4歳娘ママ

じゃあ、「非認知能力ドリル」みたいな教材は、効くんでしょうか?

ねい先生

研究の現在地は、「非認知能力はドリルで鍛えるものではない」という方向に揃ってきています。むしろ、お母さんがお子さんの話に耳を傾けたり、生活のリズムを保ったり、自由に遊ばせたりする ── そういう、ご家庭ですでにやっていることの中で育っていくものなんです。

4歳娘ママ

じゃあ、マシュマロを我慢できるかどうかで将来が決まる、っていう話は…?

ねい先生

あれは、有名になりすぎた研究の典型なんです。元の研究では確かに「待てた子は将来成績が良かった」という結果が出ました。でも、2018年に同じ研究を、もっと大きく多様な集団でやり直したところ、効果はだいぶ小さくなって、家庭の安定性で説明できる部分が大きいことが分かってきたんです。

4歳娘ママ

じゃあ、「マシュマロ我慢トレーニング」みたいなことを、4歳のうちにさせたほうがいい、ってわけでもない?

ねい先生

はい、まったく必要ありません。むしろ、お子さんが「ご飯のあとはアイス」と聞いて、ちゃんと食後までアイスをもらえる ── そういう、約束が守られる毎日の積み重ねのほうが、よほど自己制御の土台になります。研究の言葉で言うと、「予測できる日常」こそが、いちばんの土台なんですよ。

「もう、やっている」── 4歳のお子さんと過ごす日常を見直してみる

ここまでの研究を踏まえて、もう一度、お子さんとの日常を見渡してみてください。

  • 朝、お子さんの「あのね、昨日の夢でね」に、目を合わせて聞いている
  • 食事の時間が、だいたい毎日同じ時間帯にある
  • 公園で、虫を観察しているお子さんを、急かさずに横で見ている
  • 「これ作って」と渡された粘土の作品に、「お、すごいね、これ何?」と聞き返している
  • 「アイスは食べたあとね」と決めて、それを実際に守っている
  • 寝る前に、絵本を一緒に読んでいる
  • ボタンが留まらないとき、「がんばってるね」と少し待っている
  • 「ダメ」と言うべき場面では、はっきり「ダメ」と伝えている
  • お子さんが怒ったとき、「悔しかったね」とまず受け止めている

これらすべてが、ヘックマンの言う「非認知能力への投資」であり、ペリー就学前計画が示した「子ども主導の活動と応答的な大人の関わり」であり、Watts ら (2018) の研究が示唆する「予測できる、安心できる日常」です。

「非認知能力ドリル」を買わなくても、特別な習い事に通わせなくても、研究で『効く』とされているものは、すでに、ご家庭の日常の中で起きています

それでも「何か取り入れたい」と思ったら

「家庭でできていることが大事なのは分かった。それでも、家以外でも何か取り入れたい」── そういう気持ちは、自然なものです。研究の知見と整合する選び方の目安として、こんな視点をご提案します。

研究の知見と整合しやすい選び方

CHILD-LED, RELATIONAL

子どもが自分で「やってみたい」と言ったものを、ゆるく試す。先生・スタッフが、子どもの「やりたい」「やりたくない」に応答的。出来不出来を細かく評価しない。プログラムが終わったあと、お子さんが疲れ切っていない。「楽しかった」と言える日が多い。

研究の知見からは慎重に見たい選び方

ADULT-DRIVEN, EVALUATIVE

「非認知能力が伸びる」と前面で謳っている。カリキュラムが細かく決まっており、子どもの興味より進度が優先される。出来た/出来ないが評価され、ご褒美やランキングがつく。長時間・毎日の継続を強く求められる。「○歳までに」のメッセージで親の不安を煽ってくる。

これは「右はダメ」という話ではなく、4歳という年齢では、左の比重を高くしておくほうが、研究の知見と整合する、という目安です。

締めに

「非認知能力」という言葉は、いま、教育の世界でもっとも語られている言葉の一つです。だからこそ、いろいろな主張・教材・プログラムがこの言葉のもとに流通しています。

研究の側から見ると、結局のところ大切なのは、

  • 非認知能力は、ドリルで鍛えるものではなく、関わりと環境の中で育つもの(Heckman ら 2013、Schweinhart ら 2005)
  • 「マシュマロを我慢できるか」のような単一の課題で将来は決まらない(Watts ら 2018)
  • 応答的な関わり、規則正しい日常、自由遊び、対話、ほどよい限界設定 ── こうした地味な土台こそが、研究で支持されている「非認知能力の育て方」

ということです。

4歳のお子さんと、今日も一緒にご飯を食べ、虫を観察し、絵本を読み、「だめ!」と言われて泣き、ぎゅっと抱きしめられている ── その日々こそが、研究の側から見ても、非認知能力の本体です。「非認知能力が大事」というメッセージに追い立てられて、その時間を不安や焦りで上書きする必要は、まったくありません。

4歳娘ママ

今日のお話を聞いて、なんだか肩の荷が下りました。「非認知能力の教材を買わなきゃ」「もっと何かさせなきゃ」って、ずっと焦っていたんです。

ねい先生

その焦り、本当によく分かります。「非認知能力」という言葉が、いつの間にか「親が何かを買って与えるもの」のように扱われてしまうことが多いんですよね。研究の側から見ると、そこには大きなズレがあるんです。

4歳娘ママ

じゃあ、いま、毎日娘とやっていることって、もう「非認知能力を育てている」と言ってもいいんでしょうか?

ねい先生

まさに、そうなんです。お子さんの「ねえ見て」に応じる、約束を守る、自由に遊ばせる、「ダメなものはダメ」を一貫して伝える、できなくても急いで助けない ── 全部、ヘックマンの研究やペリー就学前計画が「効く」と言っている要素なんです。すでに、土台はできていますよ。

4歳娘ママ

なんだか、明日からの日常が少し違って見えそうです。今日もこのあと公園で泥遊びになりそうなんですけど、それでよさそうですね。

ねい先生

むしろ、それが研究的にも一番効いている時間です。お子さんが何かを企てて、思い通りにいかなくて、また工夫して ── その全部が、長く効く力を育てています。安心して、泥まみれになってきてください。

研究の詳細

Primary sources
Strong Heckman, J. J. 2006 Science, 312(5782), 1900-1902

研究デザイン: 経済学・心理学・神経科学の総説論文(Science 誌掲載)

対象: 米国の代表的な早期介入プログラム(ペリー就学前計画、アベセダリアン計画など)の長期追跡データの統合分析

主要結果: 人的資本投資の収益率は、人生の早い時期ほど高い(いわゆる「ヘックマン・カーブ」)。ただし、伸ばすべきは認知スキルだけでなく、自己制御・動機づけ・社会性といった非認知スキルである。早期投資は、後年の補習的介入よりはるかに費用対効果が高い、と結論。

限界: 対象は主に米国の不利な立場の家庭の子ども。総説論文のため新規データの提示はない。一般家庭への外的妥当性の検討は別の研究を要する。

Strong Heckman, Pinto, & Savelyev 2013 American Economic Review, 103(6), 2052-2086

研究デザイン: ペリー就学前計画(無作為化対照試験)の長期追跡データを用いた媒介分析

対象: 1962-1967年に開始された米国ミシガン州の3〜4歳児 123名(介入群58名・対照群65名)、40歳前後まで追跡

主要結果: 介入群は、雇用・収入・犯罪率・健康などで対照群より良い成果。幼児期に上昇したIQは数年で対照群に追いつかれた一方、自己制御・誠実性・社会性といった非認知スキルが、長期的な成果を統計的に媒介していたことを示した。性別ごとの分析でも、男女ともに非認知スキルの寄与が確認された。

限界: サンプル数が比較的小さい(123名)。対象は社会経済的に不利な立場のアフリカ系米国人家庭。一般家庭への外的妥当性には注意が必要。媒介分析は強い仮定を置いており、別の解釈の余地もある。

Strong Schweinhart, Montie, Xiang, Barnett, Belfield, & Nores 2005 High/Scope Educational Research Foundation(報告書)

研究デザイン: 無作為化対照試験の長期追跡(40歳まで)、High/Scope財団による公式モノグラフ

対象: ミシガン州ヤプシランティ市のアフリカ系米国人家庭の3〜4歳児 123名(介入群58名・対照群65名)。介入群には2年間、能動的学習(plan-do-review)を中心とする質の高い就学前教育と、毎週の家庭訪問を提供。

主要結果: 40歳時点で、介入群は対照群に比べて高校卒業率が高く(65% vs 45%)、年収2万ドル超の割合が高く(60% vs 40%)、5回以上の逮捕歴が低く(36% vs 55%)、生活保護受給歴も低い(59% vs 80%)などの差が確認された。費用便益分析では、社会全体としてプログラムへの投資1ドルあたりおよそ12ドルのリターンと推定。

限界: 対象集団が特定地域・社会階層に限定。一般家庭への直接的な外挿は難しい。後続のヘッドスタートなど他の早期介入研究では、ペリーほど大きな長期効果は再現されていない。

Mischel, Shoda, & Rodriguez 1989 Science, 244(4907), 933-938

研究デザイン: スタンフォード大学のビング保育園での実験+その後の縦断追跡(SAT スコアや親・教師評定など)

対象: スタンフォード大学関係者の子どもを中心とする、4歳前後の子ども(複数のサンプル統合)

主要結果: 4歳時点で延滞耐性(マシュマロを待てる時間)が長い子ほど、高校時代の SAT スコアが高く、親や教師による社会的・認知的有能さの評定も高い傾向。注意の集中、ストレス対処、計画性などの面でも差が見られた。

限界: 対象集団がスタンフォード大学関係者の子どもに偏っており、サンプルが小さい。家庭の社会経済的背景の統制が十分でない。後の大規模追試(Watts ら 2018)では、効果サイズは半分程度、家庭背景を統制すると関連はさらに大幅に縮小することが報告されており、解釈は慎重さを要する。

Strong Watts, Duncan, & Quan 2018 Psychological Science, 29(7), 1159-1177

研究デザイン: NICHD Study of Early Child Care and Youth Development の縦断データを用いた、マシュマロ実験の概念的追試

対象: 米国全土から募集された子ども918名(オリジナル研究より約10倍大きいサンプル)。社会経済的背景は多様。4歳時点で延滞耐性課題、15歳時点で学業成績・行動指標を測定。

主要結果: 4歳の延滞耐性と15歳の学業成績の関連は確かに見つかったが、効果サイズはオリジナル研究のおよそ半分。さらに、家庭の経済状況・親の学歴・幼児期の認知能力・家庭環境を統制すると、関連は約3分の2 縮小した。母親が大卒未満の家庭では関連が比較的見えやすく、大卒以上の家庭ではほとんど消えた。「自己制御の差」というより「育っている環境の差」を反映している部分が大きいと解釈。

限界: 概念的追試のため、オリジナルとプロトコルが完全に同一ではない。15歳時点までの追跡で、成人期の成果はまだ評価されていない。米国のサンプルに限定。