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メソッド解説 学校・園選び

レッジョ・エミリアって、どんな教育?── アートと「100の言葉」のはなし

読了 約18分
4歳娘ママ からの相談 — 近所のアート系幼稚園が「レッジョ・エミリア・インスピレード」を謳っているのを見て興味を持っている

なぜこの話題が気になるのか

「レッジョ・エミリア教育」── 名前は聞いたことがある、近所のアート系幼稚園が「レッジョ・エミリア・インスピレード」を謳っている、SNSで「世界一進んだ幼児教育」として紹介されているのを見たことがある。でも、

  • モンテッソーリやシュタイナーとどう違うの?
  • 「100の言葉」って、なんだか詩的だけど結局は何?
  • 「インスピレード」を名乗る園は、本物のレッジョと同じなの?
  • アート中心って聞くけど、文字や数字はちゃんと教えてくれるの?

幼稚園選びを目前にしたとき、こうした疑問は尽きません。レッジョは特に、日本に「本物の」レッジョ園がほとんどないため、情報の整理が難しい教育法の一つです。

レッジョ・エミリア教育の起源と思想

レッジョ・エミリア教育は、ロリス・マラグッツィ(Loris Malaguzzi, 1920-1994)というイタリアの教育者と、レッジョ・エミリア市の市民たちによって、戦後の混乱の中から生まれました。一人の教育思想家が体系化したモンテッソーリやシュタイナーとは違い、「街ぐるみ」で育まれた教育であることが、レッジョの大きな特徴です。

  1. 1945

    Villa Cella、瓦礫の中から最初の学校が生まれる

    第二次大戦の終戦直後、北イタリアのレッジョ・エミリア郊外Villa Cellaで、市民たちが爆撃で壊れた建物のレンガと、ドイツ軍が残した戦車・馬を売って得たお金で、自分たちの子どものための学校を建てた。この話を聞いた若き教師マラグッツィが、自転車で見に行き、参加することを申し出る。これがレッジョの出発点となる。

  2. 1946

    マラグッツィ、ウルビーノ大学で教育学の学位を取得

    当時のイタリアで、戦後の困難な時期に教育の道を選ぶ。市の心理教育センターで心理士として働きながら、子どもたちと関わり続ける。

  3. 1963

    レッジョ・エミリア市が公立保育園を開設

    市営の最初の保育園「ロビンソン・クルーソー」が開園。マラグッツィは市の制度として幼児教育を整える運動の中心人物となる。当時、保育園を市が運営することはイタリアでも珍しく、カトリック教会との緊張も伴う改革だった。

  4. 1970年代

    アトリエ、ペダゴジスタ、ドキュメンテーションが体系化

    各園にアトリエ(芸術活動の部屋)とアトリエリスタ(芸術専門のスタッフ)、複数園を巡回するペダゴジスタ(教育専門スタッフ)、子どもの活動を写真・映像・記録で見えるようにする「ドキュメンテーション」という独自の枠組みが整う。

  5. 1991

    米誌Newsweekで「世界で最も先進的な幼児教育」と紹介

    レッジョ市の教育の評判が国際的に広がり、世界中の研究者・教育者が見学に訪れるようになる。

  6. 1994

    マラグッツィ死去、Reggio Children設立

    1月30日マラグッツィが73歳で亡くなり、その2か月後の3月11日、市と民間の出資による「Reggio Children」が設立される。マラグッツィの思想を世界に伝える窓口として、現在も研修・出版・展示を行っている。

  7. 現在

    世界中の園が「レッジョ・インスピレード」として実践

    日本国内にも「レッジョ・エミリア・インスピレード」を名乗る園が複数存在。ただし、本家レッジョ市の市営園のような「街ぐるみ」の構造は、ほぼどの国でも再現されていない。

ここで重要なのは、レッジョ・エミリア教育もまた、戦後の貧しい街の市民の手で生まれた、市民立の教育だったという事実です。「裕福な家庭のための高級教育」というイメージとは、出発点がまったく違います。むしろ、ファシズムの記憶を背負った街が「二度とあのような従順で考えない人間を育てたくない」という強い意志のもとで、 ノースカロライナ大学のニュー(2007 レッジョ市の戦中・戦後のレジスタンスと協働の文化的伝統に深く根ざした教育として 育まれてきたものです。

「子どもを能力ある主体として見る」── レッジョの土台にある考え方

レッジョ・エミリア教育を理解する鍵は、「子どもをどう見るか」という子ども観にあります。マラグッツィの有名な言葉「子どもには100の言葉がある」は、この子ども観を象徴的に表現したものです。

  • 子どもは「能力のある(rich)主体」である ── 「未熟で、空っぽで、満たされるのを待つ存在」ではなく、生まれたときから世界に問いを投げかけ、考え、表現する力を持った存在として捉える
  • 子どもには100の表現方法がある ── 言葉だけが「表現」ではない。絵、粘土、身体、ダンス、影、光、音、構築、対話 ── あらゆるものが子どもの「言葉」である
  • 子どもは大人と「共に学ぶパートナー」である ── 大人が一方的に教える関係ではなく、子どもの問いに大人も真剣に向き合い、一緒に探究する
  • 環境は「第三の教師」である ── 教師、親、そして環境そのものが子どもを育てる。教室の光、植物、家具、素材、すべてが教育の一部である

実践内容 ── レッジョの園で何が行われているか

実際のレッジョ市の園(およびレッジョ・インスピレードの園)をのぞくと、一般的な幼稚園とはかなり違う光景が広がっています。 トレド大学のマクナリーとスラツキーが整理した(2017 レッジョ・エミリア教育の主要な要素レビュー を踏まえながら見ていきます。

1. アトリエとアトリエリスタ

レッジョの園には、アトリエと呼ばれる芸術活動のための専用の部屋があります。絵筆、絵の具、粘土、布、自然素材、光と影を扱うための道具、デジタルカメラやプロジェクター ── 子どもがあらゆる「言葉」で表現できる素材が揃っています。

このアトリエを担当するのが、アトリエリスタ(atelierista)と呼ばれる芸術専門のスタッフです。教師ではなく、美術や建築、デザインのバックグラウンドを持った人が務めることが多く、教師と協力して子どもの探究を支えます。

2. ペダゴジスタという教育専門職

各園には教師がいますが、それとは別に、複数の園を巡回するペダゴジスタ(pedagogista)という教育専門スタッフがいます。教師たちと一緒に活動を振り返り、子どもの育ちを読み解き、次のプロジェクトをデザインする役割を担います。

教師・アトリエリスタ・ペダゴジスタが対等な専門職として協働するこの構造は、レッジョが「街ぐるみの教育」として作られたからこそ可能になっている、独特の仕組みです。

3. プロジェクト(emergent curriculum)

レッジョの教室には、あらかじめ決められたカリキュラムがありません。代わりに、子どもたちの興味・問い・観察から立ち上がる「プロジェクト」が、数週間から数か月にわたって展開されます。

たとえば、ある園で子どもたちが「影」に興味を示せば、そこから影をめぐる長期プロジェクトが始まり、光を当てる実験、影を描く、影を切り取る、影を踊る ── あらゆる方向に探究が広がっていく、という具合です。

4. ドキュメンテーション

レッジョの最大の特徴の一つが、ドキュメンテーション(documentation)と呼ばれる記録の文化です。子どもの会話、活動の写真、制作した作品、教師の観察メモが、壁面・パネル・冊子として「見える化」されます。

ドキュメンテーションには、3つの役割があります。

  • 子どもへ:自分たちの活動を振り返り、次の探究へつなげる手がかりになる
  • 保護者へ:園で何が起きているかを共有し、家庭との対話を深める
  • 教師へ:活動を振り返り、子どもの理解の深まりを読み解くための研究素材になる

ドキュメンテーションは「ただの記録」ではなく、教師が「子どもの学びを研究する研究者」として働くためのツールです。

5. 環境という「第三の教師」

レッジョの園は、建築・空間設計に強いこだわりがあります。広い窓から自然光が入る、植物が随所に置かれる、素材は美しく整理されて子どもの目線の高さに置かれる ── 環境そのものが子どもの探究を誘うように設計されています。

教室の中央にはピアッツァ(piazza、広場)と呼ばれる共有空間があり、複数のクラスの子どもたちが交わって遊ぶことができます。これはイタリアの街の「広場」の構造を、園の中に持ち込んだものです。

モンテッソーリ・シュタイナーとの違いを整理する

3大代替教育法と並べて語られることが多いレッジョですが、思想と実践の手触りはかなり違います。並べて優劣をつけるものではなく、それぞれが大切にしているものが違うと理解するのが正確です。

3大代替教育の重視する要素(編集部の整理)
それぞれの教育法が、どの要素にどれくらい重みを置いているかを編集部で相対化(★3が最も強調)
個別の集中作業
モンテッソーリ
★★★
教具の体系
モンテッソーリ
★★★
リズムある生活
シュタイナー
★★★
芸術と手仕事
シュタイナー
★★★
協働プロジェクト
レッジョ
★★★
ドキュメンテーション
レッジョ
★★★
アトリエ・100の言葉
レッジョ
★★★

同じ「アート重視」でも、シュタイナーは決まった素材(にじみ絵・蜜ろう粘土など)で「内面の発達」を支える方向に、レッジョはあらゆる素材で「外への探究と表現」を広げる方向に、それぞれ異なる重心があります。

出典:編集部による整理。Hewett (2001)、McNally & Slutsky (2017)、各教育法の公式情報を参照

ざっくり整理すると:

  • モンテッソーリ:子どもは「整えられた環境」で一人で集中して学ぶ。教具に正しい使い方があり、教師は静かに見守る
  • シュタイナー:子どもはリズムある生活と芸術に包まれて育つ。スクリーンや既製品を抑え、想像力を育てる
  • レッジョ:子どもは仲間や大人と協働でプロジェクトを進める。あらゆる「言葉」で表現し、その過程をドキュメンテーションで見える化する

「個 vs リズム vs 協働」という対比で見ると、3つの違いが見えやすくなります。

研究は何を言っているのか:正直なところ

レッジョ・エミリア教育の効果について、最初に正直にお伝えしたいことがあります。研究の蓄積は、モンテッソーリやシュタイナーと比べても、さらに薄いのが現状です。

理由はいくつかあります。

  • レッジョは「教授法」というより「思想」「哲学」として広がっているため、何をもって「レッジョの効果」と測るかが定まりにくい
  • 本家のレッジョ市の園は市営で街ぐるみの構造であり、外部から「レッジョ vs 比較群」という研究デザインを組むのが難しい
  • 世界中の「インスピレード」園は、取り入れ方も度合いも千差万別で、一括りに研究することができない
  • レッジョ自身が、標準化された学業テストの得点を「子どもの育ちの指標」として重視していない

それでも、いくつか手がかりになる研究は存在します。

研究A:科学的探究を支える環境としての価値

オハイオ州立大学を中心とする研究グループのイナンら(2010

レッジョ・インスピレードの大学附属保育園で、子どもたちの「科学する姿」を1年間にわたって観察したエスノグラフィー研究(Journal of Research in Science Teaching掲載)

は、レッジョ的な環境がどのように子どもの探究を支えているかを丁寧に記述しています。

この研究では、3〜5歳の子どもたち18名を1年間追い、教師との会話、プロジェクトの展開、子どもたちの仮説立てや観察の様子を分析しました。結論として、レッジョ・インスピレードの環境は、子どもの「観察する」「予測する」「比べる」「議論する」といった科学的な探究プロセスを、自然に引き出していたことが報告されています。

ただし、この研究は1園での質的研究であり、「レッジョの園に通うとテスト成績が伸びる」というような効果を量的に示すものではありません。「レッジョ的な環境では、子どもの探究はこう立ち上がる」という記述が、この研究の貢献です。

研究B:レッジョの「要素間のつながり」が肝という分析

トレド大学のマクナリーとスラツキー(2017

レッジョ・エミリア教育の主要要素を整理した分析論文(Early Child Development and Care掲載)

は、レッジョを「個別の技法の寄せ集め」ではなく、すべての要素が有機的に絡み合って初めて機能するシステムとして捉えるべきだと指摘しています。

たとえば、ドキュメンテーションだけを取り入れても、それを読み解くペダゴジスタとの対話の文化がなければ、ただの「写真と作品の展示」で終わってしまいます。アトリエだけを置いても、教師がアトリエリスタと協働する設計がなければ、ただの「お絵かきの部屋」になってしまいます。

つまり、「レッジョのいくつかの要素を取り入れる」ことと、「レッジョ・エミリア教育を実践している」ことは、同じではないというのが、この論文の重要な指摘です。

研究C:文化的文脈に深く根ざした実践という視座

ノースカロライナ大学のニュー(2007

レッジョを「文化活動理論(cultural activity theory)」の実践として読み解いた論考(Theory Into Practice掲載)

は、レッジョがレッジョ・エミリア市という特定の街の歴史・文化・市民意識に深く根ざしていることを、改めて強調しています。

戦後イタリアのレジスタンス文化、市民が市営保育園を作るために闘った歴史、教師・親・行政が対等に対話する協働の伝統 ── こうした文化的土壌の上に、レッジョの実践は成り立っています。アトリエ・プロジェクト・ドキュメンテーションといった「形」だけを別の国に持ち込んでも、その背後にある「街ぐるみで子どもを育てる」文化までは輸入できない、というのがこの論文の見立てです。

三つの研究をどう読むか

A・B・C は対立しているのではなく、レッジョという教育を、それぞれ違う角度から照らしているといえます。

  • A:レッジョ的な環境は、子どもの探究を引き出すことが、現場の観察として確認できる
  • B:ただし、レッジョの効果は「要素のつながり」によって生まれるため、断片的な導入では同じ効果は期待できない
  • C:レッジョの本質は、レッジョ市の文化的文脈に根ざしている。海外の実践は「インスパイアされたもの」であり、本家とは別物として理解する必要がある

両方を踏まえると、こう整理できます。「レッジョ・エミリア教育は、子どもを能力ある主体として見る、世界の幼児教育界に大きな影響を与えてきた優れた哲学である」、ただし「日本のレッジョ・インスピレード園で、本家と同じ効果が得られる」とは、研究的には言い切れない、ということです。

4歳娘ママ

近所のアート系幼稚園が「レッジョ・エミリア・インスピレード」って書いていて、見学に行ったらすごく素敵だったんです。広い窓、きれいに並んだ素材、子どもの作品がたくさん飾ってあって…。でも「インスピレード」ってどういう意味なのか、本物のレッジョと同じなのか、よく分からなくて。

ねい先生

良い疑問ですね。正直にお伝えすると、本家レッジョ・エミリア市の園と、世界中の「インスピレード」園は、同じものではありません。本家は、市営でアトリエリスタとペダゴジスタが配置され、街ぐるみで作られた、特殊な構造の上に成り立っています。

4歳娘ママ

じゃあ「インスピレード」を名乗っているのは、なんちゃってってことですか?

ねい先生

そう簡単に切り捨てなくて大丈夫ですよ。「レッジョから学んだ要素を、できる範囲で取り入れている」というのが「インスピレード」の意味で、それ自体は誠実な表現なんです。Reggio Children自身も、世界中の園が本家を完全再現することは想定していなくて、「インスピレーションを得る」ことを推奨しています。

4歳娘ママ

なるほど、そういう意味なんですね。じゃあ、見学のときに何を見たらいいでしょう?

ねい先生

いくつかポイントをお伝えしますね。① 子どもの作品が「展示」ではなく「探究の記録(ドキュメンテーション)」として整理されているか② 教師が子どもの言葉を熱心に書き留めているか③ アトリエや素材が、決まった使い方ではなく、子どもが自由に組み合わせられるよう置かれているか。この3つがある程度見えれば、レッジョの精神が現場に生きている園だと判断できます。

4歳娘ママ

展示じゃなくて、探究の記録…。違いがちょっと分からないかも。

ねい先生

たとえば「桜の絵を描きました」と作品だけ並んでいるのが「展示」、「子どもたちが桜の何に気づいて、どう試して、何を話したか」が写真・会話・作品でセットになっているのが「ドキュメンテーション」です。後者には、必ず子ども自身の言葉が添えられています。

このメソッドが向いている子・向いていない子

研究や実践の蓄積から、こんな傾向があると言われています。ただし、絶対的なものではなく、あくまで目安として読んでください。

向いていることが多い子

  • 「これは何?」「どうして?」という問いがたくさんある子 ── レッジョは子どもの問いから出発する教育です
  • 仲間と一緒に何かを作るのが好き ── プロジェクトは多くの場合、グループで進められます
  • 絵・粘土・身体・音、いろんな表現を試したい子 ── 「100の言葉」のすべてを使える環境です
  • 大人と対等に話したい子 ── レッジョの教師は「子どもの言葉を真剣に聞く」ことを大切にします

配慮が必要なこともある子

  • 一人で集中するのが好き ── レッジョは協働プロジェクトが中心なので、モンテッソーリのほうが合うかもしれません
  • 決まった枠組みで動くのが好き ── プロジェクトは流動的で、明日何をするかが事前に決まっていないことも多くあります
  • 静かでゆっくりしたペースが心地よい ── レッジョは仲間との対話が多く、にぎやかな場面も多いです
  • キャラクターものが大好き ── レッジョの素材は素朴な自然素材・芸術素材が中心で、キャラクターものは登場しません

ただ、これらは「向いていない」ではなく、「家庭の価値観と園の価値観が近いほうが、お子さんも保護者も心地よく過ごせる」という意味です。

締めの対話 ── 家庭でできるレッジョ

4歳娘ママ

結局、うちの子をレッジョ・インスピレードの園に入れるかどうか、どう考えればいいでしょう?

ねい先生

まずは見学に行ってみることをおすすめします。先ほどの3つのポイント(ドキュメンテーション、子どもの言葉、自由な素材)を念頭に置いて、お子さんが教室の雰囲気にどう反応するかを見るのが一番です。あわせて、「アトリエリスタやペダゴジスタに当たる人がいますか」「どんなプロジェクトが進行中ですか」と直接聞いてみると、園のレッジョへのコミットメントの深さが分かります。

4歳娘ママ

入れない場合は、家でできることってありますか?

ねい先生

むしろ、レッジョの精神は、家庭でこそ取り入れやすいものが多いんですよ。たとえば。

4歳娘ママ

たとえば?

ねい先生

一つ目、子どもの作品を捨てずに飾る。冷蔵庫やコルクボードに、絵や工作を時系列で並べておくと、それだけで小さな「ドキュメンテーション」になります。二つ目、「これは何を描いたの?」ではなく「ここに何があるか教えて」と聞く。前者は答えを当てに行く質問、後者は子どもの世界に入っていく問いかけです。三つ目、子どもの「なんで?」を急いで答えない。「ほんとだね、なんでだろうね、一緒に考えてみよう」と、問いを共有する時間を大切にする。

4歳娘ママ

思ったより、すぐにできそうなことばかりですね。

ねい先生

そうなんです。レッジョの本質は、「特別な教具」や「アトリエ」ではなく、「子どもを能力ある主体として見る、その眼差し」にあります。眼差しは、家庭でも今日から育てられるんですよ。あと、おすすめしたいのは、四つ目として素材を「キット」ではなく「素材のまま」用意すること。塗り絵セットではなく白い紙と何色かの絵の具、組み立てキットではなく木のかけらやどんぐり ── これだけで、子どもの「100の言葉」が動き出します。

4歳娘ママ

レッジョの園に入れなくても、家でレッジョ的な眼差しは持てるんですね。少し気が楽になりました。

ねい先生

そうなんです。それに、これらは「レッジョだから良い」というより、近年の発達研究でも、子どもの主体性・対話・探究の大切さは繰り返し指摘されているものなんですよ。レッジョ・インスピレード園に通うかどうかは、ご家庭の価値観とお子さんの相性で決めていただいて、大丈夫です。

研究の詳細

Primary sources
Mixed Hewett, V. M. 2001 Early Childhood Education Journal, 29(2), 95-100

研究デザイン: レッジョ・エミリア教育の主要原理についての概念的レビュー論文

対象: レッジョ・エミリア教育の理論的基盤(子ども観、教師の役割、知識の本質、環境の役割など)を、Edwards, Gandini, Forman らの先行文献を踏まえて整理

主要結果: レッジョ・エミリア教育の中心的な原理として、① 子どもを能力ある主体として捉える子ども観、② 教師を「共同学習者」「研究者」として位置づける教師観、③ 環境を「第三の教師」として設計する空間観、④ 子どもの100の表現言語を尊重する表現観、⑤ ドキュメンテーションを通じた可視化と振り返りを挙げ、米国の幼児教育実践への示唆を論じている。

限界: 概念整理の論文であり、実証的データを提供するものではない。レッジョ実践の効果を検証する研究ではない。

Mixed Inan, Trundle, & Kantor 2010 Journal of Research in Science Teaching, 47(10), 1186-1208

研究デザイン: 1年間にわたるエスノグラフィー(参与観察、教師・園長へのインタビュー、子どもの活動記録の質的分析)

対象: 米国大学附属のレッジョ・エミリア・インスピレードのラボ・プリスクール、3〜5歳児18名、教師10名、園長1名

主要結果: レッジョ・インスピレードの環境は、子どもの自然科学的な探究(観察、予測、比較、議論、仮説立て)を自然な形で誘発・支援していた。教師のドキュメンテーション、アトリエ的な素材配置、プロジェクト的な長期探究の構造が、子どもの「ハンズ・ヘッド・ハート」を科学に向ける文脈を作っていた。

限界: 1園での質的研究であり、効果を量的に証明するものではない。学業テスト等の標準化された指標との関連は検証していない。

Mixed McNally & Slutsky 2017 Early Child Development and Care, 187(12), 1925-1937

研究デザイン: レッジョ・エミリア教育の主要要素のレビュー論文(理論・実践文献の統合的整理)

対象: レッジョ・エミリア教育の構成要素(教師観、子ども観、ドキュメンテーション、環境、アトリエ、ペダゴジスタ、プロジェクト等)を国際文献から抽出し、相互の関係性を分析

主要結果: レッジョ・エミリア教育の高い評価は、個別の要素ではなく、要素同士が有機的につながった「システム」としての特性に由来すると指摘。ドキュメンテーション、プロジェクト、アトリエ、ペダゴジスタといった要素は、それぞれ単独で機能するものではなく、相互参照的な関係性の中で初めて教育的効果を発揮する。

限界: 概念整理の論文であり、特定の実証データに基づいた効果検証ではない。

Mixed New, R. S. 2007 Theory Into Practice, 46(1), 5-13

研究デザイン: 文化活動理論(cultural activity theory)の枠組みからレッジョ実践を読み解く論考

対象: レッジョ・エミリア市の歴史的・文化的背景、市民立教育の伝統、戦後イタリアのレジスタンス文化を踏まえた、レッジョ実践の理論的位置づけ

主要結果: レッジョ・エミリア教育の5つの特徴(教師を研究者として捉える、長期プロジェクトとしてのカリキュラム、シンボリックな表現言語、環境の役割、保護者をパートナーとする実践)を整理。レッジョの実践はレッジョ市という特定の文化的文脈に深く根ざしており、米国などへの応用は「文化的に翻訳された別物」として理解する必要があると論じる。

限界: 理論論文であり、実証データを提供しない。米国以外の国での「翻訳」については本論文の主要対象外。

Strong Edwards, Gandini, & Forman (eds.) 2012 Praeger(第3版)

書籍カテゴリー: レッジョ・エミリア教育の中心的な編著(初版1993年、第2版1998年、第3版2012年)

内容: レッジョ・エミリア市の教育者(マラグッツィ自身を含む)、英米の研究者、アトリエリスタ、ペダゴジスタによる論考・実践報告を集めたアンソロジー。「100の言葉」というフレーズを世界に広めた書籍として知られる。

位置づけ: レッジョ・エミリア教育を学術的・実践的に理解するうえで、最も基本的な参照テキストの一つ。本記事の構成も、本書を含む英米のレッジョ研究の枠組みを参考にしている。

限界: アンソロジー形式で、効果を量的に検証する研究は含まれない。レッジョ自身が「効果」よりも「実践と思想の記述」を優先する立場のため、定量研究は本書の主目的ではない。